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[ 特集 ]石川五右衛門 京都の歴史上の人物 <2005年10月>

 「絶景かな、絶景かな、春の眺め値千両」南禅寺の三門の上で石川五右衛門が口にした名ゼリフ。

 石川五右衛門とは、安土桃山時代に活躍した盗賊だ。

 その後、さまざまな悪行をはたらいた石川五右衛門は豊臣秀吉に捕まり、釜茹での刑に処せられた、というのは、知らない人がいないほど有名な話である。

 また、石川五右衛門については、お芝居の世界から、その名を轟かせた人物なので架空の人物であるという認識を持っている人が多い。しかし、それは間違いであり、彼は実在した人物なのだ。 同時代の公家である権中納言山科言継(やましな ときつぐ)が残した日記「言継卿記」をはじめ、さまざまな文献が、それを証明してくれている。

 石川五右衛門は、現在でも、その実体はよくわかっていない。それは、様々な諸説や伝承が入り乱れているためである。

 例えば、東九条柳下町にある陶化橋上流のあたりを「釜ヶ淵」と呼ばれているが、石川五右衛門の処刑に使われた釜が流れついたことによると伝えられている。

 また、16世紀から17世紀にかけて日本に滞在した貿易商アビラが残した「日本王国記」や「豊臣秀吉譜」によれば、五右衛門が釜茹でに処せられたのは京都の三条河原であるのは間違いないようだ。

 他にも、五右衛門石というのがある。ドジをした石川五右衛門が腹の虫がおさまらず、その石を殴りつけて気がおさまったので、腰掛けてキセルを打ちつけた、という諸説が残されている。 このように石川五右衛門のルーツを探れば、驚くほどその歴史が京都に隠れている。

 休日に時間があれば、自転車や電車で、歴史上の人物に触れながら、京都を渡り歩いてみるのは、いかがだろうか。きっと、その奥深さに思いを馳せて、充実した時間となるだろう。
(山本仁志)


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